東京地方裁判所 昭和39年(ワ)12662号 判決 1966年7月29日
原告 西川建設株式会社
右訴訟代理人弁護士 柏木誠
同 川津裕司
被告 滝島泰治
右訴訟代理人弁護士 斉藤一好
同 徳満春彦
主文
被告は、原告に対し、金二、三〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四〇年二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、原告が金七〇〇、〇〇〇円の担保をたてることを条件に、かりに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決と仮執行の宣言を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。
「一、被告は昭和三〇年三月一九日から現在にいたるまで、訴外巽建設株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表取締役である。
二、被告は、昭和三九年一〇月頃、訴外会社の代表取締役として、原告との間に、左の契約を締結した。
(1) 原告は、訴外会社に対し、金員の融通を得させる目的で、約束手形を振り出す。
(2) 訴外会社は、原告の振り出した右約束手形の満期までに、手形金相当額の金員を原告に支払い、原告は同金員をもって、右約束手形の支払にあてる。
三、原告は右契約にもとづき、訴外会社に対し、いずれも、支払地立川市、支払場所多摩中央信用金庫、振出地昭島市、なる約束手形五通合計金三百万円を振り出した。
四、ところで、訴外会社は、昭和三九年一月二五日、火災により作業場を焼失し、<省略>その後の業績も不振をきわめ、同年一〇月頃には、資産約金一〇、〇〇〇、〇〇〇円に比して、負債総額は金三〇、〇〇〇、〇〇〇円をこえる大幅な債務超過の状態となり、さらに、当時における一般的な経済状勢の悪化、金融窮迫の外的条件も加わって、訴外会社の業績の回復は到底期待し得ない状況にあった。その結果、訴外会社は、同年一一月下旬にいたって遂に支払不能の状態におちいり、原告との同の前記契約にもとづく手形金相当額の金員の支払は、後記五の金一五〇、〇〇〇円を除いて、不可能となった。
五、そこで原告は、原告振出しの前記約束手形を、それぞれ満期の日において、自らの出損において支払わざるを得なかった。右約束手形金支払のため、原告が実際に支出した金員は金二、四五〇、〇〇〇円であるが、その後、訴外会社は、原告に対し前記二の契約にもとづく金員のうち金一五〇、〇〇〇円を支払ったのみで、営業活動を停止し、残余財産も皆無となったので、結局、原告は、訴外会社の支払不能により、金二、三〇〇、〇〇〇円の損害を被ったことになった。
六、被告は訴外会社の代表取締役として、前記四の訴外会社の経理状況を知悉しており、早晩訴外会社が、支払停止または支払不能の状態となり、前記二の契約にもとづく原告振出しの約束手形金相当額の金員を原告に支払うことができず、その結果、原告が損害を被ることを知りながら、訴外会社の右のような経理状態を秘匿して、原告をして、前記三掲記の約束手形を振り出させたものであり、かりに、被告が、原告の損害を予見していなかったとしても、訴外会社の経理状態が前敍のとおり破綻に瀕しているにもかかわらず、被告が、訴外会社の代表取締役として、かかる事情を考慮せず、あえて原告をして前記約束手形を振り出させたことは、原告が損害を被るにつき、被告に重大な過失があるものといわなければならない。
七、以上のとおり、被告は、訴外会社の代表取締役として、その職務を執行するにつき、悪意または重大な過失によって、原告に前記損害を被らせたものであるから、原告は、被告に対し、右損害金<省略>の支払を求める。」
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁および抗弁として、次のとおり述べた。
「一、請求原因一ないし三の事実はいずれも認める。
二、同四の事実のうち、訴外会社が昭和三九年一月二五日火災により作業場を焼失し、このため金一、〇〇〇、〇〇〇円以上の損害を被ったことおよび訴外会社が同年一一月下旬支払不能の状態になったことは認めるが、その余の事実はいずれも否認する。
三、同五の事実のうち、原告が自らの出損により、本件手形金の支払をしたこと、訴外会社が原告に金一五〇、〇〇〇円支払ったことおよび訴外会社が営業活動を停止し、残余財産も皆無となったことは認めるが、原告が本件手形金支払のため支出した<省略>金員は金二、四〇〇、〇〇〇円である。
四、同六の事実は否認する。すなわち、訴外会社が支払不能におちいったのは、前々からの業績不振にもとづくものではなく、被告が全く予想もしない事態であって、被告が、原告主張のように、訴外会社が経営上危機に直面していることを秘匿して本件手形を振り出させたというようなことはない。<以下省略>。
理由
一、請求原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二、次に、請求原因五の事実のうち、原告が訴外巽建設株式会社(以下「訴外会社」という。)の支払不能のため、自らの出損において、請求原因三掲記の約束手形金を支払い、その後訴外会社が営業活動を停止し、残余財産もなく原告が損害を被ったことは、当事者間に争いがないので、その損害額について判断する。
成立に争いのない甲第四号証の一ないし五ならびに証人西川康久および同今尾正男の各証言を総合すると、原告は、請求原因三において主張する約束手形のうち金額金一、〇〇〇、〇〇〇円、満期昭和四〇年二月八日の約束手形については、その額面金額どおりの金員を支払ったが、他の手形四通、金額の合計金二、〇〇〇、〇〇〇円については、その所持人と折衝した結果合計金一、四五〇、〇〇〇円を支払い、残額は免除をうけたことが認められる。そして、その後原告が、訴外会社から金一五〇、〇〇〇円の支払をうけたことは当事者間に争いがない。<省略>そうすると、原告が被った損害額は、原告が支払った前記手形金額から訴外会社が原告に弁済した金額を差し引いた金二、三〇〇、〇〇〇円であることが明らかである。
三、そこで、原告が敍上の損害を被むるについて、被告の訴外会社の代表取締役としての職務の執行において、悪意または重大な過失があったかどうかについて判断する。
まず、被告の悪意の点については、原告の全立証をもってしても、被告において、原告が本件約束手形を振り出すに際し、訴外会社が右手形の満期までに支払不能の状態となり、原告との契約に従い、右手形金を支払うことができなくなるということまで、知悉していたと認めることはできない。
次に、訴外会社が右約束手形の振出しをうけるについて、被告に重大な過失があったかどうかについてみるに、<省略>を総合すると、訴外会社は、昭和三八年二月二八日当時すでに債務超過の状況にあったが、その後も資産は減少し、負債は増加の一途を辿り、受注も激減して業績は極端に悪化し、昭和三九年一〇月頃には、その経理状態が危機に瀕していたにもかかわらず、被告は、従前から会社の経理を専ら訴外会社の専務取締役であった訴外郡山茂雄に任せきりであったため、その状態を知らず、訴外会社が支払不能の状態となったのち、その財産状態を知って驚いた有様であることが認められる。そして、訴外会社が支払不能の状態となるにいたるまで、被告がこれを阻止改善するに必要な手段を講じたことないしは本件契約における訴外会社の債務の履行確保のための方策を講じたことを認めるに足る証拠がないから、このような状況のもとに、漫然と本件約束手形の振出しを原告に求めたことは、代表取締役としてその職務を執行するにつき重大な過失があったものといわなければならない。
四、してみれば、被告は、訴外会社の代表取締役としてその業務を執行するに際し、重大な過失により、原告に損害を被らせたといえるから、被告は、原告に対し、原告が被った損害金<省略>を支払う義務がある。<以下省略>。